なおなおのクトゥルフ神話TRPG

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【第19回】短編小説の集い「桜の下に」

何を書くか迷いましたが・・・。

まいど、こちらの企画に参加させていただいています。よく見たら、締め切りは4月10日とかなり余裕がある様子。とりあえずアップしてみますが、ちょこちょこ直しは入れていくかもしれません。

今回はホラーテイストにしてみました。ミステリーと違って、謎は基本的に投げっぱなしです。もちろん、クトゥルフ知っている人は裏のストーリーもある程度想像できるでしょうけど・・・。

キャラクターはレギュラー二人ですが、過去の作品を知らなくても読めるはずです。

 「桜の下に」

「ぶふぇーっくしょん」
隣にいた厳つい風体の男が盛大にくしゃみをする。彼の名前は鬼塚豪鬼、葉加瀬理緒の相棒である。名前の通り鬼のようなごつい体と強面の顔をしているのだが、実際は何とも頼りない感じの刑事であった。くしゃみのインパクトは、確かに彼の凄みを感じるには十分なものであったが、その原因が花粉症であるとは、何とも情けない限りである。こうして暢気に外を歩いていると、仕事をさぼっているようにも見えるが、今も仕事中である。と言っても、何か事件があったわけではなく、目の前にある満開に咲いている桜の木と、その下に夥しく蠢めく人の群れを見ればわかるように、花見の警備である。

私有地であれば、所有者が警備員を雇うなどして対応すればいいのであるが、ここは小さいとはいえ公共の公園であるため、警察が動く必要があった。もちろん、ここだけではなく、都内に何百箇所もある花見会場には、警備のための警察官を配備していた。私が今回駆り出されたのも、もちろん人手不足だからである。もともと外部の人間ではあるが、一応ではあるものの警視庁に籍があるし、何より前日に鬼塚に泣きつかれたため、やむなく手伝うこととなったわけである。もちろん、鬼塚も所属から考えれば、やる義務はないのであるが、どうも庁内の厄介な人物に目を付けられているらしく、度々、面倒ごとを押し付けられているようである。

とはいえ、実際には警備と言いつつ、ティッシュ箱を片手にくしゃみを連発する様は「警備」という目的とは懸け離れた状態と言える。もちろん彼の手にあるものだけではなく、背中には燃料タンクよろしくティッシュ箱のストックが背負われているわけであるから、全くもって刑事の威厳などないわけである。そんな様子を横目に見つつ、ため息を吐きながら話しかける。
「まったく、そんな酷いなら薬でも飲めばいいじゃない。」
「いやいや、鼻炎の薬って結構大きいんですよ。あんなにデカイもの喉を通るわけ無いじゃないですか!喉に詰まって死んじゃいますよ。ふぇ、ふぇーっくしょん。」
「まったくもう、そんなわけ無いじゃない。」
という、何度目かわからない似たようなやりとりに肩をすくめるしかなかった。

「しかし、毎年ここに来ていますが、こんな小さい公園なのに、桜の木は都内でも滅多に見ないほど立派ですな。」
「そうね、でも、知ってる?桜の木って死体が埋まっているのよ。だから、こんな綺麗な桜が咲くんですって。」
「またまたー、俺を怖がらそうって言ったって、そうはいかないですよ。それは昔の小説が元ネタだってこと、俺だってしってますから。」
「普通はそう思うよね。でも、昔はこの桜の木、今と同じように立派だったんだけど、一度も花を咲かせたことがなかったのよ。」
「えっ?!そうだったんですか?確かに昔は、この公園で花見っていう話は聞いたことがなかったな。でも、死体が埋まっているなんて、そんな馬鹿なことがあるわけないじゃないですか。」
「それじゃ、いい機会だから一つ昔話でもしましょうか。一応、実話らしいわよ。」
そう言って、葉加瀬は話し始めた。

昔、そう15、6年ほど前になるけど、 と『ゆりちゃん』という二人の子供がいたの。二人は幼馴染であり親友でもあった。この公園は二人の遊び場でもあり、二人の秘密基地のようなものでもあった。というのも、この小さな公園を遊び場にするような子供は、その頃は二人しかいなかったの。砂場も遊具も、そして、この桜の木も二人のためのものだった。でも、ある日、その公園にもう一人、女の子が来るようになったの。

彼女は『いずみちゃん』と言っていた。ちょっと変わった感じの子で、不思議なおもちゃを持ってきてくれたり、突然、不思議なことを言いだしたりする子だった。もちろん、そんな変わった子だったけど、子供同士のこと、すぐに仲良くはなったわ。もちろん心の奥では、どう考えていたかなんてわからない。でも、それなりに仲良く遊んでいた。
でも、『りっちゃん』と『ゆりちゃん』の二人の考えは、根本的なところで違っていたの。『ゆりちゃん』は本当の意味で友達だと思っていた。それは、おもちゃのこともあったのでしょうけど、何より、『ゆりちゃん』が危険な目に遭うかもしれないことと、その時にどうすればいいかを教えてくれたの。もちろん、その事件はすぐに訪れた、でも、そのアドバイスのおかげで難を逃れたのよ。もちろん、そのせいで、別の子が犠牲になってしまったわ。でも、そのことが事件になることはなかった。

もちろん、今の私に言わせれば、そっち絡みの事件であることは想像がつく。でも子供にとっては、そんなことがあったなんて夢にも思わなかったでしょうね。と、そんなことがあって、『ゆりちゃん』は本当の意味で親友となった。いや、あれは心酔していたと言ってもいいものであった。でも、『りっちゃん』は違ったわ。もともと温度差はあったんだけど、その事件で彼女のしたアドバイスが、あまりにも的確すぎて、むしろ不信感を持つようになった。もちろん、そういった違いに子供は敏感。だから、『りっちゃん』は次第に二人と疎遠になっていったわ。もちろん、時々会って、話をする程度には仲が良かったけど、そこまでの関係になっていったの。

『ゆりちゃん』の方は、疎遠になっていく私の代わりに、『いずみちゃん』と遊ぶようになっていったわ。二人とも、この桜の木の下で毎日のように遊んでいた。簡単なゲームをしたり、おままごとをしたり。もちろん、『りっちゃん』も何度となく誘ってはいたんだけど、どうしても一緒に遊ぶ気になれなかった。もちろん、3人とも学校で顔を合わせてはいたし、学校では一緒にいたから、普通に仲良し3人組として見られていた。もちろん、子供とはいえ、そう見られることが穏やかな学校生活を送るのに必要な建前であることは勘付いていたので、そう見られることについては否定はしなかった。

そんな感じで、実際のところはともかく、この時、まだ表向きは平穏だった。しかし、『いずみちゃん』が学校に来てから、おかしなことが起きるようになったの。例えば、飾っていた花が一晩で枯れてしまったり、作ったばかりのはずの給食が腐りかけていたりと、特に給食のことは、危険ということもあって、しばらくは中止になったみたい。もちろん、給食が無いからお弁当になったけど、同じように腐りかけていて、体の弱い子なんかは食中毒になっていた。事態を重く見た学校は、しばらくの間、半日授業にすることにしたわ。まあ、生徒にとっては、午後まるまる遊ぶことができるので、喜んでいた子が多かったわね。

そんな状況だったから、『りっちゃん』も『ゆりちゃん』と『いずみちゃん』の二人の誘いを断る口実がなくなってしまったので、一緒に公園に遊びに行った。すると、二人は桜の木に何かを撒き始めた。不思議に思った『りっちゃん』は何をしているのかと聞くと、「この桜の木、花が咲かないよね。いずみちゃんに聞いたら、元気が足りないからじゃない?って言ったから、元気をあげているんだよ。」という答えが返ってきた。
最初は意味が分からなかったけど、肥料のことなのかと思って納得したわ。でも、肥料はあげすぎてもいけないと聞いていたから、「あげすぎも良くないって聞くけど。」って言ったの。
「これは大丈夫だよ、うーん、まだまだ元気が足りないみたい。」
今度は『いずみちゃん』が答えてくれた。
やがて、日が暮れてくると、流れで解散のような感じになったが、『ゆりちゃん』は二人を家に招待しようとしたの。もちろん、深い意味はなかった。でも、もしかしたら、二人の関係があまり良くないことに気づいていて、それを取り持とうとしたのかもしれない。結局、その日、家に遊びに行ったのは『いずみちゃん』だけだった。『りっちゃん』は、いつ来るかわからない「また今度」と言って断ったんだけど、この時、一緒に遊びに行かなかったことを後悔することになったわ。

その翌日、『ゆりちゃん』と『いずみちゃん』は二人とも、この公園の桜の木の下で血塗れになって亡くなっていた。原因は、その日の夜に『いずみちゃん』を見た『ゆりちゃん』の両親は二人に包丁で切りかかったらしいの。二人は、この公園の桜の木の下で重なって息を引き取っていた。もちろん、『ゆりちゃん』の両親は二人とも正気を失っていて、精神病院に送られてしまった。
身寄りの無くなった二人は、大切にしていた桜の木の下に埋められることになった。お墓の代わりとしてね。
それから毎年、春になると二人の死を悼むように、これまで一度も花を咲かせることのなかった桜の木が満開に咲くようになったの。

「それが、この桜の木なのよ。」
「へえ、そんな伝説があるんですね。いやはや、不思議なものだ。はっはっはっ・・・は-っくしょん。」
「・・・あなた、信じていないわね。」
明らかに作り話だとしか思っていない様子で話す鬼塚をジト目で見る。
「そりゃあ、りっちゃん、って自分のことだと言いたいんでしょうけど、その手には乗りませんよ。そんなベタな話、信じろって方が無理ですよ。」
「ふうん・・・」
相変わらずのジト目で見ながら、桜の木の隣に刺さっている一本の棒を指さしながら、「それじゃ、これを読んでみてもらえるかしら?」と言う。
鬼塚は消えかかっている墨で書かれた文字を一つずつ読み上げていく。
「どれどれ、百合子、および、衣栖美、此処に、眠る・・・って、これは・・・まさか・・・。」
「そう、これが彼女たちの墓標代わりなのよ。言ったでしょ、実話だって。」
「そ、そんな、それじゃ、この下には二人の死体が?」
「もちろん、今になって考えると、この桜が咲くようになったのは、二人の元気、というか命を吸い取ったからなのかもしれないわね。」
「す、す、すみません、お、俺はちょっとトイレに行ってきま、ふぇーっくしょん。」
くしゃみをしながら、鬼塚はトイレに走って行った。

彼を見送った後、葉加瀬は再び墓標を見つめながらつぶやく。
「『いずみちゃん』って、実は美佳っていう名前だったのよね。どうして、私たちに偽名で近づいてきたのか・・・。まあ、正体は名前からして想像はつくんだけどね。私が行って、どうにかできたとは思わないけど・・・やっぱり、あの時のことは今でも後悔しているのよ。」
そう言って、二人の形見である満開の桜を見上げた。