なおなおのクトゥルフ神話TRPG

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【第22回】短編小説の集い「潮騒の夢」

今月は色々とバタバタしておりました。

前回の感想も出せないまま1ヶ月が過ぎてしまいましたが、とりあえず今回の投稿作品を書き上げてしまうということで、ギリギリになってしまいましたが、こちらの作品を出したいと思います。

novelcluster.hatenablog.jp

なにぶん、アイデアとしては数日前に固まっていたものの、詳細の整合性は結構グダグダだったので、お見苦しい文章になっているかもしれません。

なお、8月は前回の感想も含めてアップする予定です。

 潮騒の夢

 

私は今、海に来ているらしい。らしい、というのも、私は生まれてから目に光を映したことが無いためである。だから、押し寄せる波も、白い砂浜も、この目で確認することはできなかった。
しかし、私の耳には確かに潮騒の響きが、私の鼻には確かに潮風の薫りが、私の足元にはさらさらとした砂のような大地が、それぞれ感じることができていた。
私は、それらを証拠とすることによって、海にいることを実感していた。

「海はどうだい?」

私の背後から、私を海に連れてきた男性の声がした。

「とても気持ち良いところね。それに・・・この音、とても落ち着くわ。」

私は光を見ることのできないコンプレックスから、そして、それを理由として親に捨てられた過去をひょんなことから聞いてしまったことから、この数日にわたってすっかり塞ぎ込んでしまっていた。
そんな私を慮ってか、彼-天海裕也(あまみゆうや)-は私を海に連れてきてくれたのであった。
最初は、どこにも行きたくないと言ってはいたものの、しかし、いざ来てみれば私の塞ぎ込んだ心を優しく包むようにして解きほぐしてくれるのであった。
今では、懸命に説得してくれた彼に感謝の念すら抱いているほどであった。

彼との出会いは私が10歳になるくらいのことであった。親に捨てられ施設に入れられた私は、ハンディキャップを背負っていたこともあり、全くと言っていいほど引き取り手がなかった。
同じ施設に入っていた子供たちのほとんどは、一人、また一人と新しい親に引き取られていった。施設の生活が別にきつかったというわけではなかったが、やはり子供心には仮初めであっても親と一緒にいる、というのは非常に大きなアドバンテージであった。
だからこそ、引き取られていく子供たちは皆、これからの生活に抱いている夢を明るく話してくれるのであった。
最初の頃こそ、心の底から祝福していたが、次第に彼らの自分の格差を実感するにつれ、心の底から祝福することが難しくなっていくのを感じていた。
しかし私にも、ついに引き取り手が現れることになった。
彼のことを施設の職員の方は「あまりおすすめはしませんけどね。」と言っていたことから、多少の不安感は抱いていたが、実際に話を聞いてみると悪い人には思えなかったため、快く承諾した。

彼に引き取られてからは、片親ではあるものの、自分が思い描いていた通りに彼は親として接してくれた。いろいろなところにも連れて行ってくれたし、自分が社会で生きるために必要な勉強も根気よく教えてくれた。
彼が連れて行ってくれたところは、これまでの私には一度も行ったことない場所ばかりで、どれも非常に素晴らしい所であったが、中でも「海」は格別であった。

そんなことを振り返りながら、私は海をじっと見ていると、彼は再び背後から声をかけてきた。

「あまり近づいちゃダメだよ。一見、危険がなさそうに見えるかもしれない。でもね、こうやって無数に押し寄せてきている波のうち、たった一つであっても大きい波があるだけで人の命すら奪うこともある。だから、不確かな根拠だけで判断はしないでほしい。それが君のためでもあるのだから。」

それを聞いて、今の「海」に危険を感じてはいなかったが、彼に心配をかけるのが嫌だったため、彼の言葉に従うことにした。

「はーい。わかりました。」

それから彼は私の気持ちが落ち着くまで、私の好きなようにさせていてくれた。
しばらくして、気持ちが落ち着いてきた頃、彼は「今日は、そろそろ帰ろうか。」と言ってきたので、帰ることにした。
これまで見せてもらった場所の中でも、「海」はひときわ気に入った場所だったらしく、初めて私の方から何度も彼に連れて行ってくれるようにお願いするようになっていた。
もちろん彼は、一言も不満を漏らすことなく、快く私を「海」に連れて行ってくれた。
このようにして、私は華やかではなかったものの幸せな日々を過ごしていたが、その終わりは呆気なく訪れた。

ある日、いつものように彼に海に連れて行ってもらった時、海を見ながら彼との会話を楽しんでいたが、突然、かしこまったように話をしてきた。

「ところで、君は海を非常に気に入っているようだけど、海のどこが良いんだい?」

この不意な質問に若干の不安感を覚えながらも、自分の気持ちに正直に答えた。

「こうして海に来ていると、私はとても気持ちが落ち着くの。まるで、全身が何かとても大きなものに包まれているような安心感があるような気がするの。」

その答えを聞いて、彼はホッとしたような声で言った。

「それを聞いて安心した。でも、ほとんどの人たちは目に見えるものだけに囚われてしまって、物事の本質を忘れ去ってしまっているのですよ。それが不幸の原因になっているにもかかわらずに、ね。君は目が見えないことを随分気にしているようだったけど、それによって表面的なものに惑わされないことは、むしろ誇っても良い部分でもあるのだよ。」

その彼の言葉に、私はこれまでのことを振り返りながら無意識のうちに否定していた。

「でも私は、そのおかげで長い間、誰にも引き取ってもらえなかったし、あなたにもしてもらうばかりで何もしてあげることができないのよ。」

その言葉を聞いて、彼はクスリと小さく笑うと、落ち着いた様子で答えた。

「そうだね、君は目が見えないから引き取られなかった。でも、先に引き取られていったことがイコール幸せとは限らないよ。実際に、引き取られていった子供たちのほとんどは半ば奴隷のような扱いを受けているのだから。もし将来、彼らに会ったら聞いてみるといい、『今、幸せですか?』と。ほとんど全員が『引き取られなければよかった。』と言うだろうね。その一方で、君は僕の引き取りを快く了承してくれた。けれど、他の子供たちは仮に私が引き取ろうと言ったとしても、決して了承しなかっただろう。自分でこう言うのも何だけれど、僕はとても見てくれが悪いからね。」

「そんなことが・・・。」

私は彼から聞かされた「現実」に言葉を失ってしまっていた。そう、私が聞いた彼らの夢や希望に満ちた「未来」は残酷な「現実」によって叩き潰されていたのだということを考えると、彼らを無邪気に祝福していたり嫉妬していた過去の自分に罪悪感すら感じていた。

「君と初めて海に来た時のことを覚えているかな?『無数に押し寄せてきている波のうち、たった一つであっても大きい波があるだけで人の命すら奪うこともある』と教えたよね。一見、無害そうに見える波ですら、その中に人を飲み込むような大波となる可能性を持っている。それは人も同じ。一部の要素でしかない見た目によって、その人の全てだと勘違いしてしまうということは珍しいことではないんだよ。」

そこまで言ってから、彼は一息つく。彼は逡巡しながらも、言わなければならないと思い、続きを話し始めた。

「それでね。実は、僕はこれからしばらく旅に出ないといけなくなってしまったのだよ。君を連れて行きたいところではあるのだが、少々危険な旅になりそうでね。残念ながら、君を連れていくことはできない。だから、君は置いていくことになるけど、今の君は日常生活を送る上では支障はないはずだし、君は相手の本質を見つめられることができるはずだ。僕がいなくなったら、多くの人間が僕を探して、ここを訪ねて来るだろう。もし、君が信頼できると思ったら、僕の代わりになるようにお願いしてみるといい。きっと力になってくれるはずさ。」

「そんな!どうして?!」

あまりに突然な話に私は狼狽しながら問い詰めた。

「そうだね、一つだけヒントをあげよう。僕は夢を現実にするために行くのだけど、多くの人は夢を現実にすることを諦めている。だから、彼らは夢の続きを手に入れようとして、ここを訪ねて来るだろう。あとは、君の直感に従うといい。」

それだけ言うと、彼は押し黙ってしまった。
少しばかり気まずい雰囲気のまま、家に帰り、いつものように床につく。しかし、翌朝目が覚めた時には、すでに彼は旅だった後であった。

それからしばらくの間、彼の言った通り、多くの人が家を訪ねてきたが、どれも言葉遣いなどは丁寧なものの、話していると得体の知れない嫌悪感に襲われるようになった。
その日も、いつもと同じように人が訪ねてきた。ここ最近は話しをするのも億劫になっていたものの、門前払いをするわけにもいかず話しを聞くことになった。
彼は、この国の警察官であるとのことであった。もちろん、ここを訪ねてきた警察官を名乗る人間も珍しくはなかったが、その人はそれまでの誰とも異なっていた。
まず何よりも、話をしていても嫌悪感を感じることはなかったし、それどころか、彼と同じような安心感すら感じることもあった。

私は彼の遺した言葉に従って、その人を新しい身元引受人とした。そして、彼に言っていたことと同じように、「海に連れて行って欲しい。」と言った。それに対し、その人から告げられた答えは意外なものであった。

「それはできません。というのも、海があることを知っている者はほとんどいないためです。昔、上の世界には海があったという話ですけれどね、そこをあいつらに奪われてからというものの、海なんて見たこともない人間の方が多いかもしれないですよ。」

昔、人は地上で生活していて、そこにはたくさんの海があったらしい。しかし、ある時、空から魔王が降ってきて、瞬く間に地上を焦土としてしまったとのことである。最初は抵抗をしたりもしたが、その灼熱は圧倒的で海は干上がり、抵抗した人間は尽く灰になっていったということである。
その圧倒的な力に絶望した人々は住む所を地下に移したが、その閉鎖的な生活は、次第に人々の心を荒ませていったとのことだった。
そんな人々が海を求めるのは安穏のためだけではなく、交易や工業のために必要としている側面もあるということである。
だからこそ、人々は彼が海の場所を知っているのではないかと考えており、その目的のために度々追い落とそうとしていたが、その人だけは反対していたとのことである。
何故なら、その人は海が汚染された過去を知っており、醜い欲望により手に入れた海は同じように汚染されてしまうだろうということを感じていたためであった。

その話を聞いた私は、彼の最後の言葉をその人に伝えると、彼は海を、そして地上という世界を取り戻すために戦っているのではないのかとのことである。
しかし、それには時間がかかるだろうから、彼の遺した海を見ていて欲しいとのことだろうと言っていた。

その言葉を聞いて確信した私は、その人と共に彼の遺した海に向かった。