今月のお題は「過去」ということで
今回も、こちらの企画に参加させていただいております。最後まで文字数の戦いで、微妙な文章になってしまった感は否めないですが、なんとかそれなりの物には仕上がったかなと思います。(異論は認めます。)
今回は、過去ということで、どういうテーマにしようかと思いましたが、いっその事ということでミステリー風にしてみました。
ミステリー風というのは、ミステリーのルールを無視して作っているからですね。細いコメンタリは別記事で起こす予定なので、とりあえずは本編を読んでもらえればと。
心理分析官
「はい、ありがとうございました。」という声とともに、とあるマンションの一室からやや小柄な女性といかつい風貌の男性が表に出てきた。「やれやれ、ここも収穫なしですか。このヤマは難航しそうですな。」といかつい風貌の男がため息をつきながら愚痴をこぼす。この男、鬼塚豪鬼という風貌に違わぬ名前でもあったが、性格はどちらかというと温和だ。しかし、その風貌からは相手も何かする前に観念してしまうことが多く、結果として争いに巻き込まれることは無かった。一応、警視庁捜査一課でもそこそこの成績を上げているのだが、それは相方が優秀だったからというのが専らの評判である。「そんなことを言うものではないわ。何気ない一言にも手がかりは残されているものよ。」とその相棒の女性が嗜める。彼女は葉加瀬理緒。鬼塚の相方として捜査することの多い女性である。刑事としての肩書きは所持しており、プロファイリングの仕事も行っているが、本業はいわゆる精神科医である。鬼塚が難易度の高いと判断した事件において、こうして捜査を共にしているのであるが、鬼塚自身が優秀な刑事と呼ぶにはいささか難がある程度の能力のため、割と頻繁に捜査に駆り出されることが多い。昨今、精神科医の需要は高くなってきているとはいえ、葉加瀬としても捜査に協力することで謝礼を得ることができ、経済的に助かっている側面もあるため、こうして捜査に駆り出されることに異論はなかった。
先ほど事情聴取に訪れていたのは第一発見者の乾京子である。彼女は被害者に依頼していた品を受け取るために被害者の部屋を訪れ、そこで死体を発見して警察に連絡したということである。第一発見者はたいていの場合において第一容疑者となる場合が多いが、この事件においては彼女は容疑者と考えるのは難しい状況であった。というのも、被害者を殺害した凶器が男性物のネクタイで、彼女が実行するためにはあらかじめネクタイを準備する必要があり、仮に計画的な犯行であったにせよ、予定の割れている時間帯にわざわざ殺害を実行するというのは合理的ではなかった。もっとも、彼女と話した限りでは、多少精神に異常を来している兆候も見られたため、合理的でない判断をする可能性はあるにはあったが、こう言った異常には一定の指向性があり、それが広瀬、被害者である彼女に向けられる可能性はほぼ無いと考えられた。とはいえ貴重な第一発見者の証言である。警察としても根掘り葉掘り聞く必要があったため、正味1時間以上にわたって拘束することになってしまった。ただし、残念ながら、その聞き込みによって現場検証で得られた以上の情報を得ることはできなかった。
鬼塚は早々に弱音を吐いていたが、まだ聞き込みも一人目である。いくら何でも早すぎるだろうとは思ったが、今回の事件、今のところ関係者と呼べるのは第一発見者ともう一人だけであり、もし、彼のアリバイに裏が取れたとすると、事件は早くも暗礁に乗り上げることになってしまう。そう考えると、彼の憂慮もあながち間違っているというわけではなかったりする。しかし、ここで弱音を吐いたところで事件が解決するわけでもないため、そんな彼の台詞に呆れつつも前向きな気持ちに持っていく。さて、そのもう一人であるが、事件直前に被害者に会う予定があったことが分かっており、また男性で出版社勤務のサラリーマンであるため、ネクタイを凶器にすることができる人間である、と考えると、目下容疑者として十分な条件を備えていた。そのため、鬼塚も弱気な発言をしつつも、彼が犯人に違いないと思っていることが手に取るようにわかっていた。
さて、そのもう一人の関係者は、おそらく休日にも関わらず仕事があったのであろう、いつものようにスーツにネクタイといった出で立ちで事情聴取に応じていた。彼の名前は九十九耕平、拝夜出版という出版社の編集者である。とりあえず、彼に事情を聴くにあたり、今回の被害者が殺害されたことを伝えると酷く驚いた様子であったが、さらに死亡推定時刻を伝えると目に見えて狼狽していたのは無理からぬところであろう、それは彼が被害者の部屋を訪れる時間も含まれていたからである。それから殺害現場の大まかな状況を彼に伝えつつ様子を伺うが、その間に気を取り直したのか、一通り説明を終えるころには一応は落ち着きを取り戻したようであった。「と、事件のあらましはこの通りです。それで、被害者の手帳に記されたメモによれば、この日の17:00頃、あなたは被害者の部屋を訪ねる予定になっていたようですが。」と確認する。「はい、そうですね。多少早めに伺いましたが、およそそのくらいの時間に伺ったと思います。しかし、その時には彼女は生きておりましたので、その直後には・・・と考えると今でも信じられません。」と答えた。一通り受け答えは無難であったものの、葉加瀬には些か引っかかるものを感じていたため、もう一つ質問をすることにした。「ところで、あなたの奥さんはかなりの難病を患っているとのことですが、今回被害者のところを訪ねたのも関係していますか?」と彼に関する情報を整理した中で出てきた内容を確認する。「どうしてそれを・・・。そうですね、こんな状況ですから、いろいろと縋れるものには縋りたい状況でして、彼女はおまじないのようなことにも詳しいので、それについて色々と話しを聞いていたのです。先日、無事に臓器提供者も見つかり、あとは手術するだけになりましたので彼女には改めて手術の成功するようなおまじないを聞こうと思っていたのですが・・・。」と言って言葉に詰まる。しばらく沈黙した後、彼ははっとしたように顔を上げる。「どうかしましたか?」と聞くと、「いえ、特には・・・。すみません、そろそろよろしいでしょうか?」と言うので、「今は事情聴取の段階ですので、無理にお引き留めはできません」と言って鬼塚は引き上げようとしたが、「あ、そうそう、今日はお仕事だったのでしょうか?」と聞いた。「いえ、今日は仕事はお休みです。ただ、この格好は着慣れておりますので・・・。」「そうですか、ありがとうございました。」と言って彼のもとを去った。
「さて、どうしますかね。」と鬼塚は聞いてくる。「そうね、あなたは彼の職場に聞き込みをしてきて。私は彼の奥さんに話を聞きに行くわ。」と言うと、「了解です。お気をつけて。」と言って彼は出版社の方に向かっていった。そして、葉加瀬は彼の奥さんの入院している病院を訪ねたが、時間が悪く面会時間は終了していたとのことであった。そこでやむなく彼女の主治医がいるとのことなので事情を聴くことにした。「すみません、お手間を取らせてしまって。」というと、「いえいえ、彼女にはどのような用件で?」と聞かれたため、事件のこと、彼女の病気のこと、手術のことなどのあらましを説明する。すると、「そうですか、それは彼女に面会できなくて正解かもしれませんね。なぜなら、彼女には病気についての詳細は旦那さんの方から口止めされておりますので。でも一昨日、ちょうど事件のあった日ですか。彼女に適合する臓器提供者が見つかりましてね、彼はそれを聞いて、とても安心していましたよ。」とのことである。「しかし、彼女が殺されるとは・・・。刑事さんはご存知かもしれませんが、彼女はこちらに以前勤めていましてね、かなり優秀な医者だったんですよ。ただ、ちょっと堅いところがあって、それが原因で結局ここも辞めさせられてしまって、それでも私は彼女を引き戻そうとしていたのですが。」と言って言いよどむ。「何かあったんですか?」と聞くと、「あれは簡単な手術でした。そう、経験さえ十分に積んでいれば。しかし、その手術を担当したのが遠藤くん、ここの理事長の息子だね。医者としての経験も不十分だった彼は、その手術を失敗したんだが、色々と手を回して何とか大事にならず収めたんだが、彼女はそれが許せなかったようでね。いろいろあった挙句に結局ここを辞めさせられることになったな。ああでも、彼の名誉のために言っておくと、彼も十分優秀なんですよ。」と言った。「そうですか・・・。ところで彼はどちらに?」と聞くと、「今日はもう帰ったよ。昨日は休んでいたみたいだけど、一昨日と今日は早い時間に上がったね。」と答えた。「そうですか・・・、わかりました。ありがとうございました。」
聞き込みを終えて葉加瀬が病院から出ると、携帯が鳴った。電話の向こうでは鬼塚が少々興奮した口調で、彼の上司である編集長が昨日、彼からメモを受け取っており、その内容は昨年あった医療過誤についてで、そのまま出版できるほどきれいにまとまっていたとのことであった。そこまで聞いてから、葉加瀬は指示した場所に九十九と一緒に来てほしいと告げると電話を切った。
「待っていたわ。」と葉加瀬が告げると、その男は身構える。「例の品は持ってきたんだろうな。」と言うと、「ここにあるわ。」と言って封筒を取り出す。「おっと、そう簡単には渡せないわ。この中には理事長の息子であるあなたが犯人だという証拠が残っているのだから。」と言うと「なんだと?!そんなはずはない。その中には去年の手術の告発文が入っていて、あいつが死んだ時にはなかったはずだ。」と言う。「そうね、でも何であなたがそれを知っているんですか?現場にいたわけでもないのに。」と問い詰める。すると、一瞬動きが止まり。「くそっ!こうなったら。」といって手を自分の首に持っていくが、すぐにそこにあるはずのものが無いことに気付いた。「残念、事件のことを気にして無意識のうちにネクタイを外していたのに今さら気付いたの?」と煽る。その言葉に我を失った彼は手段は選んでいられないとばかりに素手でつかみ掛かってくる。しかし、葉加瀬はそれをかわして身構える。正直なところ、彼の直線的な動きでは、数多の修羅場を潜り抜けてきた彼女には触れることすら叶わないだろうと考えていたが万一のこともある。「でも、そろそろ二人が到着するはず」と呟いた直後、「そこまでだ、おとなしくしろ。」と鬼塚の声が響き渡る。そして、鬼塚と九十九が中に入ってくる。九十九は手に持った封筒を葉加瀬に渡すと、鬼塚に抑え込まれている遠藤に見せながら、「これがあなたが探していたメモよ。さっきのはフェイク。」と言うと、「くそっ、騙したな。」と声を荒げる。「でも、あなたが犯人であるという事実は揺るがないわ。すでに被害者の殺害に用いたものと同じネクタイの繊維があなたの部屋から見つかっているの。もちろん令状も取ってあるから違法捜査なんてことにはならないから安心して。」と告げる。すると遠藤は「ちくしょう・・・」と言ってうなだれるだけであった。
遠藤が警察署に連行されていくのを見送ったあと、「どうして彼が犯人だと、てっきり私が疑われているものだと思っていました。」と九十九が漏らす。「最初から、私はあなたを犯人だと思っていないわ。それは最初に会った時、必要もないのにネクタイをしていたことでわかったわ。本当に犯人なら事情聴取の際に凶器を首に付けておくのは避けるはずだし。ただ、話してくれたことの中に嘘が混じっていたこと、それがずっと引っかかっていた。だけど、あなたの奥さんの主治医に会って、あなたが嘘をついていた理由も、あなたが犯人でない確証も得られたわ。あなたは犯行時刻、その医者に会っていた。それは奥さんの病気に関わることだったので、口外したくなくて思わず嘘をついた。こんなところかしらね。」というと、九十九は申し訳なさそうに「すみません、どうしても妻には明るく振舞っていて欲しかったので・・・でも、すごいですね、こんな些細なことから色々と分かってしまうなんて。」と多少驚いた様子で言葉を漏らす。「そうね、いくら過去の証拠は消せたとしても、過去に残った思いだけは消し去ることはできない。私はその思いを辿っていっただけよ。さて、私たちも引き上げましょう。」と言って、帰り支度をするのであった。