今回も参加させていただきます。
毎度ではありますが、こちらの企画です。前回出そうと思っていて出せなかった新キャラクターを今回は無事に出すことができました。
今回は「時計」というお題ですので、時間に関係したお話になっています。話としては結構酷い(いろんな意味で)割には、それなりにまとまったかな?なんて思います。
明日のコンクール
「明日までに上手く演奏できるようにならなきゃ・・・。」
そう呟きながら、目の前に置かれたアルトサックスを手に取る。彼女の名前は結城凛子(ゆうきりんこ)。東雲第三高等学校吹奏楽部の生徒である。
この高校の吹奏楽部は都内でも屈指の名門であり、東京都高等学校吹奏楽コンクールでも金賞の常連校であり、部員の中には企業の吹奏楽団に混じって一般のコンクールに参加する者も少なくなかった。
そんな名門の吹奏楽部に所属していながら、彼女の楽器演奏の経験はせいぜい一般教養として嗜む程度であった。そんな彼女が必死になって練習しているのは、明日に迫っているコンクールのアルトサックスパートにおける唯一のメンバーだったからである。
名門の吹奏楽部において、普通はパートに数名のメンバーがおり、その中から選抜されたメンバーがコンクールのレギュラーとして参加するのであるが、アルトサックスパートに限って言えば、彼女以外にメンバーは存在していなかった。
もちろん、少し前までは数人のメンバーが存在しており、そのほとんどが彼女よりも演奏が上手であった。むしろ、彼女の方がコンクールのレギュラーとしては客観的に見て力不足であると言えた。しかし、生粋のお嬢様であり、負けず嫌いの彼女がレギュラーに選ばれないという結果に納得いくはずもなく、様々な手段を用いて吹奏楽部から追い出したのであった。
こうして、レギュラーの座を掴み取ったは良いものの、そもそもの演奏の技量が追いついていない事実は厳然として存在しており、今年の金賞は難しいだろうというのが大勢の見方であった。
このことは彼女や部員の中での周知の事実となっており、表立って指摘する者はいなかったが、陰では、彼女について色々と噂されていた。この状況に納得いくはずのない彼女はせめて金賞を取れる程度になるようにと、こうして夜を徹して練習しているのである。
しかし、そうそう上達するはずもなく、音楽室に飾られた時計は無情にもタイムリミットまでの時を刻み続けていた。
「明日なんて来なければ良いのに・・・。」
一向に納得のいく演奏の出来ない彼女は、そう呟きながらも必死で練習を続けていた。
翌日、彼女は練習のために朝一番で登校していたが、しばらくすると音楽室に一人、また一人と生徒がやってきて、楽器のチューニングを始めていた。表向きは同じ部員でもあるため挨拶程度は交わすが、これまでのこともあり、それ以上の会話をすることはなかった。
そうこうしているうちに顧問の先生も部屋に入ってくる。いよいよ、コンクールの時が来たことを実感し、彼女の体は自然と緊張で強張っていた。しかし、そんな彼女も先生の放った一言に唖然とせざるを得なかった。
「みんな、いよいよ明日はコンクール本番だ。今日は最後の仕上げだから、各自、最高の演奏になるように気を抜くんじゃないぞ!」
その言葉に誰も異論を挟もうとしないことに不思議に思いながらも尋ねてみた。
「すみません、コンクールは今日じゃないですか?」
「うん?何を馬鹿なことを言っているんだ?ちゃんとカレンダーを見てみろ。明日になっているだろう。」
そう言われてスマホのカレンダーを確認してみたところ、確かにコンクールは明日になっていた。
「疲れているのかな?」と思いながら、状況を理解した彼女は大人しく席に着いた。
「まあいい、ともかく明日は本番だ。気合い入れ直して行けよ。」
その言葉を合図に、それぞれ本番前の練習の準備に入っていった。当然ながら、上手に演奏できないのは彼女だけだったため、当然のように厳しいチェックが入る。
「こらそこ、ちゃんと滑らかに演奏しないか!」「こら、テンポがズレ始めているぞ。周りの音をちゃんと聞け!」「もっと、ボリューム感のある音を出せ!」などといった様子である。
そして、この日も彼女は一人練習のために昨日と同じように遅くまで残ることになり、音楽室の時計は無情な時を刻み続けていた。
翌朝、再び練習のために朝一番で登校した彼女に続いて、一人、また一人と音楽室に現れ、最後に顧問の先生が入ってきた。
「みんな、いよいよ明日はコンクール本番だ。今日は最後の仕上げだから、各自、最高の演奏になるように気を抜くんじゃないぞ!」
開口一番の先生の発言に、今日こそはおかしいことを確信して彼女は告げた。
「先生、コンクールは今日ですよね?」
「うん?何を馬鹿なことを言っているんだ?ちゃんとカレンダーを見てみろ。明日になっているだろう。」
そして、そんな馬鹿なことがあるかと思い、再びスマホのカレンダーを確認すると、確かにコンクールは明日になっているのであった。
「そんな・・・、そんなはずは。」
そうは言うものの、先生の言うことの方が正しいことを理解してしまった彼女は力なく席に着いた。
そして、昨日と同じように練習が始まり、ボロクソに言われ、居残り練習をしながら音楽室の時計が針を刻むのを見つめていた。
そして翌朝、再び音楽室に部員たちが集合し、最後に顧問の先生が現れる。
「みんな、いよいよ明日はコンクール本番だ。今日は最後の仕上げだから、各自、最高の演奏になるように気を抜くんじゃないぞ!」
その言葉を聞いて、彼女は言う前にスマホのカレンダーを確認する。すると、確かにコンクールの本番は明日になっていた。その事実に呆然とする彼女をよそに、昨日と同じ光景が繰り返されていた。唯一、異なる点としては居残り練習で音楽室の時計を見つめる彼女の瞳から光が消え失せていたことであった。
そんな状況を一週間ほど繰り返した頃、同じ練習をしてはいるのであるが、確実に指導されることが少なくなっていたことに気づき始めた。先生も「まだまだ改善の余地はあるが、だいぶ良くなってきたな。」とか「これなら、コンクールも何とかなるだろう。」と言われるようになってきた。
その言葉に少し救われる思いに駆られつつも、少しでも良い結果をと思う彼女は光を取り戻した瞳で音楽室の時計を見ながら練習に励むのであった。
そして翌朝、いよいよ時が来たと思っていた彼女は、音楽室の時計を見ながら顧問の先生が到着するのを待っていた。そして、ついに先生が音楽室に現れた。しかし、先生の一言は、彼女を再び絶望に貶めるには十分であった。
「みんな、いよいよ明日はコンクール本番だ。今日は最後の仕上げだから、各自、最高の演奏になるように気を抜くんじゃないぞ!」
その言葉を聞いた彼女は、弾かれるように自分のスマホのカレンダーを確認する。その中に示されている驚愕の事実に、彼女の意識は深い闇へと沈んでいった。
暗い闇の中で彼女は夢を見ていた。それは決して明るいものではなく、むしろ、自分がレギュラーになるために蹴落としてきた生徒たちであった。彼女たちは、凛子のことを見つめながら、責める様子もなく、ただひたすら薄気味悪い笑みを浮かべているだけだった。
凛子は彼女たちの様子を非難しようとしたり、やめさせようと掴みかかろうとするも、声も手も全く届く様子がなかった。
その嘲笑うような彼女たちを見ていると、自分まで、その狂気に冒されるように錯覚しそうになるが、辛うじて口を開く。
「みんな、酷いことしてごめんなさい。私は、もうレギュラーになれなくてもいい。みんなと、ちゃんと明日のコンクールをちゃんと迎えるようになれればそれでいい。」
そう言って力尽きると、彼女は闇の中に崩れ落ちる。その直後、薄気味悪く笑う彼女たちから離れるように、再び闇の中に沈んでいった。
目が醒めると、そこはベッドの上であった。近くには顧問の先生と保健室の先生が立っていた。先生たちは彼女が目を醒ましたことに気づくと話しかけてきた。
「どうやら、疲れていたようね。ここ最近、夜遅くまで練習しているんでしょ?いくら大事なコンクール前だからって、無理しちゃダメよ。」
「そうだぞ、まだ学生なんだからな。無理しすぎて体を壊したら本末転倒だ。確かに、ここ最近のお前の上達ぶりは目を見張るものがあったが、それも健康であればこそだ。だから、今日はもう帰って休め。」
そう言って、二人の先生は彼女を家に送り出した。
翌日、同じように登校し、同じように部員が音楽室に顔を出し始めたが、そこには彼女がかつて辞めさせたはずの部員たちも含まれていた。その中の一人、琴峰流羽(ことみねるう)は彼女の姿を見て、まるで過去の事など無かったかのような様子で声をかけてきた。
「凛子ちゃん、今日のコンクール頑張ろうね。」
「え・・・。」
一瞬、耳を疑ったが、彼女は確かに今日のコンクールと言っていた。そのことに気づいた凛子はスマホのカレンダーを確認し、そこには確かに今日、この日がコンクールの当日になっていた。
「今日がやっとコンクール当日なのね・・・。」
「ふふ、あれだけ練習頑張っていたからね。思い入れもあるってことかな。」
「いや、そういうわけじゃなくて・・・。」
「あ、先生が来たよ。」
そこには、昨日までと同じように先生が立っていた。
「今日は、コンクール本番だ。悔いを残さないように、これまでの練習の成果を存分に発揮しろ。特に結城、お前は特に、最近の練習の頑張りを見て抜擢したんだから、他校のヤツらにも、その成果を思う存分見せてやれ。」
その言葉に凛子は涙が溢れそうになるのを堪えながら静かに頷いた。
準備を終えて会場に向う途中、凛子は流羽に恐る恐る尋ねてみた。
「ねえ、私がレギュラーって本当なの?」
「何言ってるの、レギュラーになるために毎日朝早くから、夜遅くまで練習頑張ってるって言っていたじゃない。」
そう言って、彼女は凛子に微笑みかける。しかし、その答えに腑に落ちない表情を浮かべながら話を続ける。
「確かに、ここ数日は練習頑張っていたのは事実だけど・・・。それは8月1日のコンサート本番までに、ちゃんと演奏できるようになっていないといけなかったからであって・・・。」
「んー、今年のコンクールって最初から8月10日に変更になっていたはずだけど・・・。もしかして、まだ寝ぼけていたりするのかな?まあ、結局レギュラーになれたんだから結果オーライってことだね。」
そう言って、流羽は再び微笑みかける。そして、一息ついてから、再び言葉を続ける。
「音楽の世界って、そんなに綺麗なものじゃないんだよね。自分がのし上がるために、実力者に取り入ったり、相手を蹴落としたりなんて当たり前。でも、私はそういうのが大嫌い。やっぱり、誰それに認められるから素晴らしいとかじゃなくて、この曲だから、この演奏だから素晴らしいっていう風になって欲しいと思っている。だからこそ、私は凛子ちゃんのように、音楽に対して真摯に接する人がレギュラーとして参加して欲しいから、先生に推薦したのよ。」
凛子は、自分の中で止まっていた時計の針が再び動き始めたように感じた。
「そう、だったのね。演奏だけなら他の子の方がずっと上手いものね。」
「そんなことはないわよ。想いは音楽に宿るものだから、人の心に響かせるのなら、音楽に対して真摯に向き合っている人の方が相応しいもの。」
その時、ちょうど電車がホームへと入ってきた。
「だからね、今度はーーー」
その言葉は電車の音にかき消されて、凛子の耳に届くことは無かった。