なおなおのクトゥルフ神話TRPG

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【第23回】短編小説の集い「蟋蟀の夢」

今月も、こちらの企画に投稿させていただきます。

novelcluster.hatenablog.jp

半ばノルマみたいな感じになっているようにも見えるかもしれませんが、そんなことはありません。

とはいえ、今回は投稿するかどうか、大分悩みました。というのも、良くない表現(虫とはいえ)があるためですね。

ただ、どうしても登場人物の強烈な動機を理由付けするためには、こういった表現も必要になってくるのかな?なんて感じました。

詳細は、振り返りとしてやっていきたいと思いますので、とりあえず作品を見てもらえればと。もちろん、クトゥルフ要素も入っています。

「蟋蟀の夢」

夜になると虫たちが一斉に鳴き始める。
この鳴き声こそが秋の始まりを告げるものであると昔から言われており、その鳴き声は昔から人々に親しまれてきたらしい。
らしい、というのは彼、八雲和也(やくもかずや)にとってはそのように感じることができなかったためである。
彼の虫嫌いは周囲には有名で、多くの者が嫌うであろう虫だけでなく、人々に親しまれている虫すらも嫌うほどであった。
その嫌いようは虫そのものだけでなく、セミやコオロギなどの鳴き声、ホタルの光すらも嫌悪するほどであった。
さらに言えば、卒業式などで歌われる「ホタルノヒカリ」すらも、彼には何を言っているのか理解に苦しむほど不気味な歌詞だと考えるほどである。

極度の虫嫌い程度であれば「そういう人もいるよね」程度で済むものであるが、彼の虫嫌いは色々な意味で度を超えていると言えた。
周囲の人たちも、せめて虫そのものを嫌う程度になればと思い昔から手を尽くしてはいるものの、彼の虫嫌いはまるでDNAに刻まれた感情ではないかと思うほど強力で手の施しようがなかった。

その日も、彼の友人の一人である長瀬博史(ながせひろし)と雑談をしていたが、ふと、少し前に授業で聞いた話をし始めた。

「そういえば、今度の漢文のテストの勉強してるかい?」

「うーん、一通り勉強はしているんだけどな。でも、あの『胡蝶の夢』の話だけはダメだわ。」

「ああ、やっぱりそうか。そうだろうと思ってたよ。」

そこまで言って、博史は軽くため息をつき、再び話を続けた。

「そうは言うけどな、あの話は面白いぞ。自分が蝶になった夢を見た男が、夢から覚めて考えたんだけど、彼は自分が人間で蝶の夢を見ているのか、それとも自分が蝶で人間の夢を見ているのか、わからないって言ってるんだ。案外、カズヤも実は虫が人間の夢を見ているだけなんじゃないのか?」

そう嫌味っぽく笑いながら言ってきたが、和也は心底嫌そうな表情で答える。

「そんなバカなことを言うなよ。もし、仮に俺が虫だったとしたら、多少なりとも虫に親近感でも湧くだろうさ。それに、そんなこと言ったら、ヒロシだって夢の中の幻だってことになっちまう。何より、俺の夢の中なら、そんな変な説得させるようなことはしないさ。」

「いやいや、夢の内容って自分で作れるわけじゃないしな。こう言っている俺も、案外お前が作り出しただけの幻なのかもしれんよ。表向き虫を嫌っているだけで、心の底でどう思っているかはわからないしな。」

「もし、そうだとしても、俺がここまで虫を嫌う理由が無いけどな。」

「あるいは、無意識で嫌うほど、嫌なことがあったか・・・だな。」

その言葉を聞いた和也は表情を曇らせ、やや慌てたように答えた。

「な、何を言っているんだよ。そんなことあるわけ無いじゃないか。だいたい、もしそうだとしても、何でそのことを全く覚えていないんだ?」

「うーん、そこは推測になってしまうけど、あまりに嫌な出来事すぎて忘れてしまったか・・・、あるいは、何者かに記憶を消されたか・・・。」

博史は和也の様子を見ながら可能性を挙げていったが、途中で何かに突き動かされるまま遮るように言葉を返してきた。

「おいおい、それはさすがにオカルトなんじゃないか?無意識に忘れるほど嫌なこととか、記憶を消されるとか、普通に考えたらありえなくね?」

「あはは、まあね。でも・・・、全ての可能性からありえないことを取り除いていって、最後に残ったものは真実と言うじゃないか。」

「まあ、いいや。それでさ・・・。」

和也は話題を切り替えて話を続けた。それから先は他愛もない雑談であったが、和也にとっては先ほどのこともあってか、そんな雑談にすら安らぎを感じるようになっていた。

その夜、和也はしばらく寝付けなかった。もちろん、昼間の話を真に受けたわけではなく、むしろ眉唾だと思っているくらいである。しかし、もしかしたら・・・という思いと妙な胸騒ぎが彼を安らかな眠りの世界へ誘うのを妨げていた。
もちろん、昼間の疲れもあり朝まで寝つけないことはないだろうことは実感としてあったが、普段の寝つきの良さを考えると今の状態は極めて不快であった。
その不快感からか、何回かベッドの上を転がっていたが、30回ほど転がったあたりで眠りの世界へ落ちていった。

ーーー彼は夢の中で立ち尽くしていた。

いや、この酷い状況に夢だと思いたいだけなのかもしれなかった。というのも、彼の眼の前には夥しいまでの巨大な虫が
いたためである。
それは、まるでコオロギのような茶褐色の硬質な表面を持っていたが、ただ一つ、異なっている点としては爪の部分が長く関節を持っているため、人間ほどではないが、柔軟に動かせることであった。
さらに、彼がこの状況を異常だと判断している理由は彼自身にあった。そう、彼自身が虫そのものになっていたためである。
先ほど聞いた話ではないけれども、彼は今まさに夢の中で虫そのものになっていたのである。これが現実であれば、彼にとってはまさに悪夢と言えた。
彼がこの状況にありながらも辛うじて平静を保っていられたのは、この世界が夢であると考えていたことは少なくはなかったが、それ以上に自分が虫であることに予想以上に早く適応してしまっているようであった。
というのも、時期なのか辺りからはコオロギの鳴く声が聞こえているのであるが、普段であれば不快感しか感じない音であるにもかかわらず、今の彼には「その不快であるはずの音」ですら不快に感じるどころか、気を緩めるとそちらの方に向かっていきそうになるほど魅力的な音に聞こえていた。

「こんな・・・不快であるはずの音に魅了されそうになるとか、考えただけで吐き気がする・・・。」

そう顔を苦しそうに歪めながら呟いた。
本能的な衝動に抗いながら、彼は今の状況を冷静に分析していた。

『虫の声は・・・確かオスがメスを引き寄せるために出しているって聞いたことがある・・・。ということは、今の俺はメスのコオロギになっている、ということか。』

そう冷静に記憶を辿りつつも、夢であるはずの世界があまりに現実的過ぎることで、もしかしたら自分は最初からコオロギだったのではないかと考えてしまいそうになってしまう。
しかし、彼の虫に対する嫌悪感が抑止力となって、彼の正常な思考を保っていた。

「しかし・・・、この状況は・・・どこかで・・・見たような?」

得体の知れない不安感を感じつつ、彼は無いはずの記憶を辿る。しかし、当然のことながら、そんな荒唐無稽な記憶に辿り着くことはなかった。

そうこうしているうちに、コオロギの鳴き声が小さくなってくる。その変化に気になった彼は先ほどまで音のした方に行ってみた。
すると、そこには何組かの上下に重なったコオロギたちがいた。それは考えるまでもなく交尾中のコオロギたちである。
それらの姿は些か滑稽な姿ではあるものの、彼はその姿を見て、なお一層身に覚えの無い嫌悪感を感じていた。
そんな一種異様な光景を見ながら嫌悪感の正体に辿り着きそうになったその時、彼の背中に異様な重さを感じた。
その重さを実感した時、自分が忘却の彼方に置いていった全てを思い出していた。この重さは自分と交尾するためにどこかのオスコオロギが自分の背中にのしかかってきていること、これが初めての経験ではなかったこと、そして、以前はなす術もなかったことを思い出していた。

過去と現在の恐怖が同時に襲ってきた彼は、無我夢中に背中に乗っているコオロギを振り落とそうと暴れるも、背中をがっちりと掴まれており離れる様子はなかった。
それでも、彼はあちこちにぶつかりながら激しく抵抗を試みる。
恐怖心が大きくなるとともに抵抗も激しくなり、自然とぶつかる勢いも強くなっていった。
しばらくして、彼の恐怖心が最大になった時、彼の背後から「グチャ」という音が聞こえた。それと同時に背中を掴んでいた力も緩み、自分の背中から離れていった。
彼は一息つくと、彼の背中の上に乗っていたものがあったところを見た。すると、そこには無残に全身が潰れたコオロギが足をピクピク動かしながら死んでいた。

不可抗力とはいえ、危害を加えただけでなく殺してしまった彼に周囲のコオロギの視線が集まる。
それは明らかに身の危険を感じるものであったため、それらが彼に襲いかかってくるのと同時に彼も逃げるべく走り、いや跳びはじめていた。
個体差は大きくないのか、逃げている自分と追っているコオロギ達のスピードはそれほど変わらなかったため、すぐに捕まるということは無かったが、このまま逃げ切るのも難しいというのは理解できていた。
不毛な追走劇はしばらくの間続いたが、不意に意識が遠のき、体から力が抜け始めた。

「くそ、こんなところで。」

そう思っても体は動かない。おそらくあと数瞬の間に彼に夥しいコオロギが覆いかぶさってくるだろうと予想していたが、それが現実のものとなる前に彼の意識は深い闇の中に落ちていた。

次の瞬間、彼は布団を跳ね除けてベッドから飛び起きていた。当然ながら、彼の身体は本来考えていた人としての身体であった。

「ふう、あれは夢・・・だったのか?」

現実を一通り認識してから、先ほどまでの出来事が夢であるのだと思い込もうとした。
しかしながら、夢とは思えないほど現実的であった「それ」を夢だったと片付けるのは心理的に難しかった。

「昨日、夢でさ・・・」

和也は博史に昨日の夢の話をすると彼は興味深そうに聞いていたが、一通り聞き終えてから静かに口を開いた。

「もしかすると、その夢は現実かもしれないな。」

「なんだって?」

「いや、地球の人類が滅亡した後、人類に代わって地球を支配するのはカブトムシだっていう説があってね、もしそれが本当だとすれば、コオロギが地球を支配する可能性もあるかな?なんてね。」

「そんな、でも何で俺がその世界に・・・。」

「詳しくはわからないけど、話に聞いたそれらは高度な文明を持っていてね、時間を超えて精神を入れ替える、なんてこともできるらしいんだ。だから、カズヤは未来の世界の何者かと交換していたことになるね。君を選んだ理由は・・・おそらく偶然じゃないかな。」

「偶然で、そんな酷い目にあわされるなんて。どうにかならないのかな・・・もうあんな経験したくないぞ。」

「うーん、君の話が本当なら、もう同じ目に遭うことはないと思うよ。あっちの法律がどうなっているかはわからないけど、昆虫って基本的に多産多死でしょ。そういう種族って、個体の価値は極めて低いことが多い。でも、君はあっちの世界で同族を殺してしまった。集団で考えれば、カズヤが生きていることで、もっと多くの同族が殺されるかもしれないわけだし、そうなれば迷わず君というか君と交換していた個体を殺してしまった方が集団としては理に適っている。もし、交換していて自分で無かったと言い訳をしたとして、それで命が助かったとしても、カズヤという危険分子との交換は禁止するのが妥当だね。」

「なるほど・・・。」

「だから、もうカズヤは自分が虫になってしまうことを恐れなくても良いってことさ。それに・・・」

博史はそこまで言って、一呼吸置く、そして再び話を続けた。

「原因がわかったなら、そこまで虫のことも嫌いじゃ無くなったんじゃないかな?何なら今度、昆虫博物館にでも行ってみるかい?」
「さすがに、まだそこまでは無理だわ。」

それ以来、博史の言った通り彼が再び虫になる夢を見ることは無かった。
さすがに多少は気の毒に感じたりもしたが、自業自得だな、と考えながら和也は秋の空を眺めていた。