なおなおのクトゥルフ神話TRPG

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【第16回】短編小説の集い「幻のおでん」

今回も参加させていただきます。若干完成が遅れ気味というか、ぎりぎりまで納得いく出来にならず、5,6回書き直す感じになってしまいました。

今回のジャンルはホラーっぽい感じに、そして、クトゥルフ神話ネタ満載になっています。なるべく万人向けという方向で書いてはいますが、たまにはということで、今回はそういう話で書きたいと思います。

鬼塚豪鬼は助手、あくまで本人談であるが、の葉加瀬莉緒と共に、とあるガード下に来ていた。今日は何か事件があってここに来ていたということではなく、年末の特別警戒期間ということで警察全体が人手不足となっており、体の良い人手ということで駆り出されているのであった。仕事の内容はもちろんパトロールだけであったし、この忙しい時期に好んで犯罪に走る人間など多くはないということで、概ね退屈な仕事であった。とはいうものの、この時期は葉加瀬にとっては閑散期というべき時期であり、そんな中、割のいい仕事を提供してくれる警察に個人的なことはともかくとして、ビジネスとしてはありがたい存在でもあった。

そんなパトロールの最中、このガード下に来た鬼塚は何やら思い出したかのように語り始めた。仕事柄、相手の心理を読むことに長けている葉加瀬にとっては、鬼塚がこの話をするためにこの地域を対象にしていたことはすぐに気づいていたが、そのことに関しては黙っていた。というのも、この鬼塚という男、名前や外見とは裏腹にかなり繊細な心の持ち主のため、要らぬ指摘をしてしまえば、拗ねて仕事に支障が出る可能性があったためである。おとなしく聞く体制になっていた葉加瀬の様子を横目で確認すると、鬼塚は意気揚々と話し始めた。

それは、つい1週間ほど前のことであった。鬼塚は警視庁の忘年会でだいぶ酔っぱらっていた。警視庁は仕事柄、体育会系の人間が多く、中でも荒事の多い捜査一課の忘年会は例年通り激しいものであった。鬼塚も酒は弱い方ではないが、かなり飲まされており、千鳥足になりながら帰路についていた。その途中、このガード下におでんの屋台が出ていた。場所的には人通りも少なく、こんなところでは繁盛していないだろうなと思いながらも、若干酔いが醒めてきて、身を切るような北風に寒さを感じた鬼塚は、ちょっとだけ暖まって帰ろうと思いおでん屋の暖簾をくぐった。

屋台には、初老の男性が一人おでん鍋の様子を見ながら客を待っているようであったが、鬼塚が入ってきたのに気づくと、すぐさま「いらっしゃいませ。」と挨拶をしてきた。「とりあえず何にする?ビール?」と店員が飲み物の注文を聞いてきたので鬼塚は「それじゃあ熱燗で。」と注文を入れる。すでに暖めていたのであろう、日本酒の入った徳利とお猪口はすぐに出てきた。とりあえず、ということでお猪口に日本酒を注ぎ、くいっと飲み干す。すると冷え切っていた鬼塚の身体はアルコールのおかげもあって、瞬く間に暖かさを取り戻した。

身体が少し暖まり、一息ついた鬼塚は早速おでんを注文することにした。「それじゃあ、と、何かオススメはある?」と店主に聞いてみる。「そうですねー、このかしわ団子なんかどうですか?ちょっと変わった鳥が使われているんですよ。」と店主はすすめてくる。鬼塚もお通し代わりにちょうど良いなと思いながら、それを注文する。早速出てきたかしわ団子を食べてみると、口の中に鶏肉特有の味が広がっていった。それだけでなく、噛みしめるとジュワッと濃厚な脂が滲み出てきて、普通の鶏肉とは違うことを主張していた。「ほうほう、これは最初あっさり、後からこってりと不思議な味ですな。ちなみに、これは何という鳥を使っているんですか?」と店主に聞いてみた。「これはサンタク鳥と呼ばれる鳥なんですわ、かなり珍しい鳥なんで、滅多に取れないんですが、今日はたまたま手に入りましてね。折角なので、こうして使っているというわけなんですよ。」と説明をしてくれた。「へえ、聞いたことない鳥だなあ、まさか、密猟とかしたものじゃないですよね?」と一応警察官でもある鬼塚は念のため確認してみると、「いやいや、別に取るのが禁止されているわけでもないですよ。ただ、あまり知名度が高くないのと、見かけることが少ないので、手に入るかどうかは運次第ってところですが。」と店主が弁解する。「なるほど、それなら安心だ。」と自分の食べた材料が違法でないことを聞いて鬼塚はほっと胸を撫で下ろした。

少しお腹も満たされて、再び鬼塚は熱燗をくいっと飲み干す。先ほどのおでんの味を反芻しながら、熱燗によって身体の中の熱が増していく。そして再び一息つくと、今度は自らおでんを見繕う。「それじゃ、次はこれとこれで。」と大根とつくねを指差しながら注文する。「へい、どうぞ。」と店主はおでんを皿に入れて鬼塚の前に出す。「まずはこっちから食べると良いよ。ちょっと刺激的な味がするかもしれないから、注意してな。」とつくねを指差しながら説明する。鬼塚は店主の指示通りつくねの方から食べてみる。最初はイワシのつくねのような味がしていたが、噛んで中身が出るやいなや鬼塚は仰天した。というのも、中に入っていたものは非常に激辛で、まるで口の中が火事になっているかのように熱を持ってしまっていたからである。鬼塚はあわてて熱燗を飲み干すと熱いはずの熱燗がまるで熱を冷ますかのように口の中を落ち着けてくれるのを感じた。その後、もう一杯熱燗を飲み干して口の中が落ち着いた頃になり、ようやく口を開いた。「いやー、びっくりしたー。確かにこれは刺激的だね。でも、病みつきになりそうだ。」と感想を述べ、「それで、これは何なんだい?」と店主に聞いてみる。「これはクトゥガボールと言って、中にクトゥガを練り込んであるんだよ。これが、まさに燃えるような熱さなんだよね。」と店主は説明する。「いやー、本当にこんなに辛いものは初めて食べましたよ。」と鬼塚は素直に驚きを表現する。そして、その後に食べた大根は至って普通の味で、先ほどの強烈な体験の反動から、非常に優しい味に感じるのであった。

「それじゃ、次はこれとこれを頼む。」と牛スジとゲソを指差しながら注文する。先ほどの強烈な体験は非常に珍しいものではあったが、さすがに連続してというのは厳しいと感じたので、あまり危なくなさそうなものを選んで注文した。「へい、どうぞ。」と店主は再びおでんを皿に入れて鬼塚の前に出す。「この二つには特に説明はないのかい?」と先ほどのに懲りたのか、店主に前もって訊くことにした。すると「そうですね、二つとも材料は特殊ですけど、さっきのみたいに刺激的なものではないので、安心して食べられますよ。」と鬼塚の不安を打ち消すように太鼓判を押してくれた。それなら大丈夫だろうと思い、まずはゲソの方から食べてみる。味の方はいたって普通のゲソのような味ではあったが、イカというよりもタコに近い感じの歯ごたえの強い食感であったし、吸盤のようなものもなかったが、おかしいと思うような味ではなかった。ただ、噛みしめれば噛みしめるほどに濃厚な風味が口の中に広がり、尽きることのないように感じられた。その余韻に浸りながら、牛スジに手を伸ばす。口に含むまではしっかりとした形を保っているにも関わらず、口にひとたび含むと、まるで口の中で踊っているかのようにフルフルと震えるような食感であった。それはとても柔らかく高級なゼリーのようでもあり、口の中で震えるたびに濃厚なおでんの味を口の中に振りまいていた。その絶妙な食感はおでんの濃厚な味がなくなると共にすっと溶けて消えていくのであった。鬼塚はその不思議な味に興味を持ち、再び店主に材料を聞いてみる。「こっちはクトゥル足で、こっちはショゴスジだね。クトゥルはタコみたいな生き物で、ちょっと見た目はアレなんだけど、さっき食べたみたいに、噛めば噛むほど味が出てくる食材だね。ショゴスジはショゴスっていうゼリー状の生き物なんだけど、これがおでんにするとおでんの出汁を吸って、濃厚な味わいになるんだよね。」とわかるようなわからないような説明をした。しかし、鬼塚はかなり酔っ払っているため、明らかに不自然な説明にも関わらず納得していた。「なるほど、それで両方とも濃厚な味になるんだね。いやはや、どれも本当に美味しいおでんで、そこら辺のおでんなど比べ物になりませんな。」と妙な納得をすると、「そうでしょう。お客さんは味のわかる方で本当に良かったですよ。」と店主は褒めそやす。それに気分を良くした鬼塚は「はっはっは、普段はあまり良いものを食べられていませんから、こういう時に明らかに良いとわかるんでしょうな。しかし、こんなに美味しいおでんなら、しょっちゅう食べたいものですな。」と言う。すると「それでは、また良いものが手に入りましたら、ここに屋台を出しておきますので、ぜひおいでください。」と笑顔で応えた。

だいぶお腹も膨れてきた鬼塚は最後に一品と店主にオススメを尋ねた。「そうだなあ、最後に何かとっておきの一品はないかい?」と訊くと、「それじゃ、これなんてどうでしょ。」と、さつま揚げを皿に入れて鬼塚の前に差し出す。早速それを口に運び咀嚼する。すると、これまた魚のような肉のような、何とも言えない不思議な味がした。「ほうほう、これは一見さつま揚げのように見えるけど、チキンナゲットのような味もするな。」と感じたままの感想を述べる。そして、「それで、これは何と言うんだい?」と訊いてみた。「これはツァトガ揚げと言って、これも見た目はあまり良くないんですけどね、でも、肉のような魚のような変わった味がするんですよ。それを揚げておでんの具材にすると、これまたあっさりしすぎず、こってりしすぎずの良い味に仕上がるんですわ。」と説明をした。それを聞いた鬼塚は「なるほど、見た目の悪いものほど料理すると美味しいとは聞いたことありましたが、ここまでとは。」と感心して見せる。そして一通り食べ終えた鬼塚は会計を済まして屋台を後にし、家路へとついた。暖かいおでんと熱燗のおかげか、家に着くまで身体はポカポカと暖かいままであった。

「ということがあったんですよ。」と鬼塚はおでんについての話を語った。葉加瀬は欠伸を噛み殺しながら聞いていたのであるが、話に夢中になっている当人には気づくはずもなかった。「で、話はそれだけかしら?」と一通り話が終わった頃合いを見計らって話を切る。鬼塚から見れば、さすがに話しが長かったのだろう、葉加瀬がスマホを弄っているのが目に入った。「いやー、話過ぎましたね。で、そんな美味しいおでん屋があるんですよ。よかったら今度一緒に行きませんか?」と提案してくるが、葉加瀬は静かに首を振りながら答える。「いえ、遠慮させていただくわ。それよりも。」と言って、一旦言葉を切る。そして、「それよりも、あなた一度病院に行くことをお奨めするわ。」と言い放つ。鬼塚は何を言うかと思いながら、「いやいや、ただのおでんじゃないですか。そんな食中毒みたいなことにはならないですよ。」と言う。すると、葉加瀬はため息をつきながら、先ほどまで弄っていたスマホの画面を鬼塚に突きつける。鬼塚が見ると、そこには世にも奇怪な生き物と思しき画像が映っていた。「これは一体?」と鬼塚が恐る恐る訊くと、「あなたが食べたおでんの材料、ここに表示されている奇怪な生き物よ。」と言い放つ。一瞬、何のことか分からなかったが、葉加瀬が冗談を言っているわけではないことを悟ると、風体に似合わない悲鳴を上げるのであった。
そんなことがあってから、時折、帰り道のガード下におでんの屋台があるのは目にしていたが、その暖簾を鬼塚がくぐることは二度となかったという。