今回もこちらの企画に参加させていただきます。
とはいえ、今回含めてあと2回のようで、そう考えると寂しい気もしますが、定期的にこう言った文章は書いていきたいなと思っていますので、頻度は高くないかもしれませんが、読んでもらえればと。
さて、今回のお題は「青春」でした。
ちょっと自分的には扱いにくいテーマでして、最後までどのようなプロットにするか悩みました。
そんな感じでしたので、結構展開が早すぎるようにも思います。
詳細は自己振り返りの時にでもと。
文通
「・・・なんてことがありました。ところで、我狼さんの方は最近はどのような感じでしょうか、まる」
朝田裕子は文通相手への返事を書き終えると、ざっと見返して「んっ・・・」と伸びをする。
メール全盛のこの時代に文通というと酷く時代遅れな感じもあるが、メールとは違ったやり取りが楽しめるということもあり、一部の人には逆に根強い人気があった。
あるいは彼女のように奥手な文系少女にとっては、メールの持つ軽さが逆に頭を悩ませる原因となっていたため、こうやって文通としてのやり取りの方が気楽に感じられた。
いわゆるコミュ障と言われる性格で、初対面の相手には動揺して挙動不審になり、多少面識がある相手であっても自ら進んで話し掛けることもなく、受け答えも基本的には簡素であった。
本人としては直したい性格ではあるものの、そう思ったところで簡単には直せるはずもなく、この世に生を受けてから十数年間ずっと変わることはなかった。
そんな彼女が文通という存在を知ったのは、とある雑誌の読者欄であった。
彼女が雑誌の中でも特に愛読していた小説を好きだという方が文通希望の投稿をしていたのを見つけたからである。
見ず知らずの相手とやり取りすることには些か抵抗感もあったが、この作品を好きな人に悪い人はいないという根拠のない自信から文通の申し出をしてみた。
最初は編集部を通しての手紙のやり取りであったが、文面を通してお互いのことを理解できるようになると直接やり取りをするようになった。
直接のやり取りである以上、お互いの住所教えあったような状態ではあったが、それについて詮索するようなことはなく文通のみの関係であった。
もちろん、何回も文通を繰り返しているうちに相手はどのような人か?ということを考えなくもなかったが、あえて踏み込んで関係を壊すよりも、今の状況を維持する方が心地よいと感じていた。
それは相手の方も同じようで、そのあたりについて触れるようなことは無かった。
文通が結んだ二人の縁と言えば、ロマンチックにも程があると言われそうであるが、もし、彼が文通相手を募集していなかったり、彼女がそれに応えなかったり、あるいは、他の誰かに先を越されていたとしたら、この数奇な縁も無かったのだろう、と書き終えたばかりの手紙を胸に抱えながら回想した。
その手紙をポストに投函すると、あとは返事が届くのを待つばかりである。返事が待ち遠しくもあるが、この間が彼女にとって話題を掘り出すための猶予でもあった。
文通を始める前は普段の出来事など通り過ぎるように気にも留めていなかったが、最近は細かいことにも気づくようになり、毎日が小さな発見の繰り返しであった。
その影響からか、自分の身なりの細かい部分にも気を遣うようになり、薄くではあるものの化粧をし、服装もわずかに華やかなものとなっていった。
元々、素地は良かったためか、こういったわずかな気配りにも関わらず、学校やその行き帰りで注目を受けることが多くなった、もちろんいい意味で。
もちろん彼女も年頃の女の子である以上、そういった注目を受けるのは悪い気はしなかったし、相変わらずのコミュ障ではあったものの何人か遊びに行く友人もできた。
そうは言っても、彼女の性格を考えると一緒に遊びに行くと言っても負担となっており、その時間は楽しいものではあったが心が安らぐことはなかった。
彼女にとっての安らぎは彼との文通のみ、というのは今も昔も変わっていなかった。
それからしばらくが経ち、彼との文通も相変わらず続いていた。
もちろん、それが唯一の安らぎであることも変わりなかったが、今、彼女は頭を抱え、ため息を吐きながら返事を書いていた。
しかしながら、その原因が文通にあるわけではなく、頭を悩ませる原因は他にあった。
それは、ここ最近、学校の行き帰りに誰かにつけられている感じ、いわゆるストーカーがいたからである。
もちろん最初は気のせいであることを祈っていたが、実際に何回か振り返った際に帽子を目深に被った男を見かけてからは確信に変わっていた。
このことをすぐに警察にも相談したが、実際に被害が出ていないこともあり当てにならない答えしか返ってこなかった。
このストーカーの恐怖というのが厄介なもので、彼女の思考の大半がそれに支配されてしまい、文通の返事を書こうにも他の話題がほとんど頭に浮かんでこなかった。
しばらく頭を抱えながら悩んだあと、仕方ないとばかりに文通の返事にストーカーについてのことを書いていた。
彼女も文通は楽しくやりたいと思っており、なるべくネガティブな話題は出さないようにしていたが、終わりの見えない恐怖心に心が完全に参ってしまっていたこともあり、その衝動を押しとどめることはできなかった。
そうして返事を送り返してしまい、多少の後悔もあったが、彼からの返事を見て安心した。
その中には彼女を思いやり、人通りの少ない道や暗い道はなるべく避けるようにした方がいいとか、そもそも夜はあまり出歩かないようにした方がいいと言ったことをアドバイスしてくれ、またできるだけ力になるとも言ってくれた。
もちろん顔も見たことはないし、住所はお互い知っていてさほど遠くないとはいえ、彼にできることはほとんど無いにもかかわらず、この問題に真剣に向き合ってくれたことが嬉しかった。
その日は満月の夜だった。
委員会の活動ですっかり帰りが遅くなってしまった彼女は、ストーカーのこともあったため足早に家へと向かっていた。
しかし、家にほど近い路地のあたりにさしかかった時、突如彼女に覆いかぶさる黒い影があった。
「おとなしくしろ!」
低い声で告げると月の光に照り返された銀色の刃が彼女の首元に当てられる。
抵抗は試みてみたものの、力の差には敵わず路地裏に引きずり込まれ、押し倒されてしまった。
恐怖心で動けない彼女にさらに恐怖を与えようとするかのように手が伸ばされ、思わず目を瞑ってしまう。
「ぎゃああああああ!」
その次の瞬間に訪れたのは、ストーカーの悲鳴であった。
彼女が恐る恐る目を開けると、そこには片腕を食いちぎられたストーカーがのたうち回っていたおり、その目の前にはその腕を咥えた狼が自分とストーカーの間に立っていた。
幸運にも、このあまりに非現実的すぎる光景であったこともあり、凄惨な光景にもかかわらず妙に冷静になっていた。
その光景に呆然としていると、目の前の狼が振り返って立ち去るように首を振ったため、彼女は静かに立ち上がると、覚束ない足取りではあるものの自宅へと向かっていった。
ようやく部屋にたどり着いて一旦落ち着くと、彼女は彼への返事を書き始めた。
それは今日の出来事について忘れないうちに書き留めておくためであり、また、彼を安心させるためでもあった。
そうやって書き上げた返事を、翌朝学校に行きがてらポストに投函する。
彼からの返事が来るまでは待ち遠しくもあったが、彼の返事は普段は一週間後くらいになるのであるが、今回はいつもと異なり数日で返ってきた。
少しドキドキしながら手紙を読む、しかし、そこには驚きのニュースが一つと悲しいニュースが一つ書かれているだけであった。
驚きのニュースは、彼が数日前に襲われようとしている女性を助けたこと、しかし、その時に女性を怖がらせてしまったのではないかということであった。
悲しいニュースは個人的な都合で遠くに引っ越すことになってしまったので、文通はおしまいにしようということであった。
彼の手紙を読む前から薄々感じとってはいたが、あの狼が実は彼だったのではないかということであった。
もちろん確証があるわけではなかったが、あの危機的状況を助けてくれたという事実は彼と狼を重ね合わせてしまう。
いや、彼があの狼であったら、という願望なのかもしれなかった。
仮にそうであるなら、彼が突然文通を終わりにしようとしたことにも納得がいく。実際には本当に個人的な都合で引っ越すことになったのかもしれないが。
彼と彼女の短い関係はこうして途絶えてしまったが、彼女はわずかに芽生えた恋心を胸に抱きつつ、いつもの日常を送っていくのであった。